◆ 歌舞 ◆ 真名璃編 04
一方。
大事な大事な兄さまは・・・。
「お前、逢引なんて嘘じゃないか。あれ、お前の妹君だろう?」
冷やかされていた。
「そうですけど・・・?」
それが何か? 逢引なんかよりは、よっぽど問題がないように思える。
「何か、じゃないだろう。なんだ、お前、ただの兄馬鹿か。心配して損した。面白いもの見れると思ってこっそり抜け出してきたのに・・・。意味がないじゃないか。どうしてくれる?」
「どうしてくれると言われましても、そんなこと・・・」
「あ〜、あ〜、わかってる。どうもしない。すみませんと言ってお終いだ、だろう?」
「そうですけど・・・あの?」
「お前、本当っに、馬鹿だな」
「だから、どうして、そういう・・・?」
「だから。そこが馬鹿なんだって、言っているんだ」
「何のことでしょうか・・・?」
「馬鹿」
「・・・はい?」
「だから馬鹿なんだ」
「何の事か、わからないのですけど・・・?」
「わからないのなら、わからないで、いい」
「あの・・・」
「もういい。黙れ」
「そんな」
「口を開きたければ、歌でも歌え」
「え、あの・・・」
「歌!」
「は、はあ・・・」
横暴な小さな貴族は偉そうに命令するばかり。
酔った勢いの無茶苦茶な要求に、肩を落としながら小声で歌を口ずさむと、満足したのか、小さな貴族は鼻を鳴らして、
「さっさと宴に戻るぞ!」
威勢よく威張る。
「了解いたしました」
「そうだ、最初からそんな風に物分りのよい返事をしたらいいんだ! 行くぞ!!」
「は、はい・・・!」
そして、今日も遅くまで、豪華で贅沢で何もない宴に飲み込まれていくのだ。
* * *
兄さまが昼に会いに来てくれて、わたくしが歌のお稽古に行って、また、夜が来て。
兄さまが宴に呼ばれて、わたくしは一人が寂しくて嫌で、兄さまが居ないのが嫌で。
泣いて、駄々をこねて、兄さまが甘やかしてくれて・・・。
そんな日々が続くかと思っていた。
でも、それはただの思い違いだったの。
兄さまが、皇帝さまに気に入られてしまうと・・・。
もう、自由にわたくしに会いに来れなくなったのだ。
わたくしは、どうしようもなく悲しくて、悔しくて、兄さまを一人占めにした皇帝さまが憎くて・・・。
歌を習うのを止めてしまった。
兄さまに会えないのに、宮廷に居るなんて、なんの意味もないことだもの。
そして。
父が真名璃に弟皇帝様の後宮入りを期待した。
母はそれを幸せそうに、うっとりと聞いては頷いた。
兄の歌声のお陰で、我が家は大出世だと、父と母が喜んだ。
わたくしは、歌のお稽古をやめたので宮廷にはいられない。
兄さまは、いつしか宮廷から外に出る事はなくなっていた。
母はそれを寂しがることもなく、毎日満ち足りた顔をしてわたくしに後宮の、果ては皇族の素晴らしさと説いた。
わたくしは八歳だった。
わたくしは、兄さまに会えることの為だけに、再度宮廷に上がることを決意した。
これから、わたくしの、本当の戦いが始まるのだ。
・・・。
* * *
毎年、春になる頃に遠くから遥々旅をしてきた地方領主たちの娘たちが入内する。
その中に何かの縁で紛れ込む町娘たちがいる。そこに紛れて、真名璃は無事入内を果たした。
とある地方貴族付の一人として。
両親は揃って晴れやかな笑顔を浮かべ、この先何も心配することはないと真名璃を励ました。
真名璃の心は落ち着いていた。
彼女の願いはただひとつ。
離れて暮らすことになった兄と会うため。
見事な着物を着せられ、美しく化粧された容姿は、幼いながらも見惚れるものがあり、年頃になって色香が加わると、真名璃は美女と言われ賛美される女性になるだろうことが伺い知れた。
「では・・・行って参ります」
真名璃は他の町娘たちと、今春入内する地方貴族のお付として、運が良ければ、見目が美しければ立場が保障される儚い存在として出向いた。
まだ幼い真名璃は、他のどんな娘たちも気にすることはなかった。
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